手の痕跡 国立西洋美術館所蔵作品を中心としたロダンとブールデルの彫刻と素描
Traces of Hands Sculpture and Drawings by Rodin and Bourdelle from the National Museum of Western Art,Tokyo
20121103-20130127
2012年11月23日(金) 雨時々曇 12時20分~12時50分頃
【総評】
至る所人だらけの東京都美術館とは打って変わって、ガラガラでした。チケットもぎりで、係の人が置く切られた半券置き場をチラッと見ましたが「数えられるのでは」と思えるほどの枚数でした。
常設展の彫像が多く、地味な企画ですが、入った瞬間に彫像が沢山並んでいるのは意外と壮観です。空いているのでゆっくり観る事ができ、しかもほとんどの作品が180度、全てから観えます。
ギリシア神話関連ですが、彫刻が14点、版画・素描が3点でした。
エミール=アントワーヌ・ブールデル 弓をひくヘラクレス[習作]
エミール=アントワーヌ・ブールデル 弓をひくヘラクレス
エミール=アントワーヌ・ブールデル 瀕死のケンタウロス
エミール=アントワーヌ・ブールデル 首のあるアポロンの頭部
オーギュスト・ロダン 永遠の青春
オーギュスト・ロダン ネレイスたち
オーギュスト・ロダン 化粧するヴィーナス
オーギュスト・ロダン オルフェウスとマイナスたち
オーギュスト・ロダン 抱きあうバッカントたち
オーギュスト・ロダン オケアノスの娘たち
オーギュスト・ロダン オルフェウス
エミール=アントワーヌ・ブールデル バッカント
エミール=アントワーヌ・ブールデル 横たわるセレネ
オーギュスト・ロダン ベローナ
オーギュスト・ロダン ダンテとウェルギリウス (素描)
オーギュスト・ロダン セイレン (素描)
オーギュスト・ロダン ベローナ (版画)
「弓をひくヘラクレス」は大きさの違う物が、美術館の建物の前にいつも展示されています。
確か東京富士美術館にも同じデザインの彫刻がありました。全てに共通しているのは「弓が長い」事です。個人的に和弓は長く洋弓は短い、というイメージを持っていましたが、この彫像は和弓なみに長い気がします。
更に和弓の場合は弓弦を口元まで引きますが、洋弓は顎までしか引きません。ですので観る度に、何となく和弓を引いている様な印象があります(因みにこのヘラクレスは口元どころか更に引いていますけど……流石ヘラクレス、パワフルです)。
「永遠の青春」は何かどっかで見たような、と思って図録を見てみると、
女性が男性に抱きかかえられる形で口づけをする構成は、カノーヴァによる≪アモールの口づけにより息を吹き返すプシュケー≫(1787-93年、パリ、ルーヴル美術館所蔵)を思わせる。<略>「ゼフュロス群像」や「アモールとプシュケー」などと呼ばれたこともあった(カタログp082抜粋)。
とありました。「ゼフュロス群像」だとすると女性はフローラ女神(あるいは元のクロリス)でしょうか? う~ん余りこういったシーンは印象がないです。「アモールとプシュケー」だとすると男性はアモールになりますがアモールは有翼神、そしてプシュケーも「蝶(魂の意味もあるそうです。英語サイコの語源)」ですので良く「蝶の羽」が表現されていますが、どちらも表現されていません。
そう考えますと「永遠の青春」が妥当のような気がします(まぁ羽を表現するのが大変だっただけかもしれませんけど……)。
「オルフェウスとマイナスたち」はとても良い感じなのですが、図録に「激しい間違い」がありました。作品自体は三人のマイナスと、左下にオルフェウスの生首があります。岩波文庫 アポロドーロス著「ギリシア神話」に、
オルペウスはまたディオニューソスの秘教(ミユステーリア)を発見し、狂乱女(マイナデス)たちに引き裂かれてピエリアーに葬られた(p32,p33抜粋)。
とあるように「冥界からの妻奪還」に失敗したオルフェウスはマイナスに殺されてバラバラにされます。この辺りの話は諸説あるようですが、新潮文庫 呉茂一著「ギリシア神話(上)」に、
トラーキアの女たちは彼の屍体(したい)をばらばらに解き、川の中へうち込んだ。それらはやがて海に入ったが、彼の頭部と竪琴とは波に浮んで、やがてレズボス島に漂着したという(p297抜粋)。
と書かれている様に「オルフェウスと言えば、生首と竪琴」が(特に絵画では)定番です。代表的な所では、2010年の国立新美術館「オルセー美術館展2010 ポスト印象派」に来ていたギュスターヴ・モローさんの「オルフェウス」や2005年のBunkamura ザ・ミュージアム「ベルギー象徴派展」に来ていたジャン・デルヴィルさんの「死せるオルフェウス」(著作権により画像はなしです。最もネットで検索すると出てきますけど……)が有名です。
ところが、図録を見てみると、
≪オルフェウスとマイナスたち≫には男性であるオルフェウスの存在が見あたらず、3人の女性像としては題名が不自然である。おそらくこの題名は後に大理石で同じ構成の作品が制作されたときにつけられたものであろう(1905年、パリ、ロダン美術館所蔵)(カタログp095抜粋)。
とありました。う~ん「オルフェウスの存在が見あたらず」と書かれていますが定番の「生首」がちゃんと左下にあります(ギリシア神話が好きな方なら前述の「オルフェウスと言えば、生首と竪琴」は普通に知っているかと思います)。
カタログよりイメージ抜粋。著作権的に良くない事は分かっていますが、余りに激しい間違いだと思われますので、参考として載せます。左下に「オルフェウスの生首」があるのが、このイメージでも確認できると思います(鼻が上を向いています)。
もしかしてこの解説を書かれた方は「生首」の存在に気付かれなかったのでしょうか……結構しっかり表現されているように見えますが、もしオルフェウスの話を知らないのであれば「見過ごす」事はあり得そうです。しっかりと「3人の女性像としては題名が不自然」と書かれていますので明らかに「オルフェウスである生首」に気付いていない可能性が高そうです。
私は神話も美術も素人です。もしかすると私の知らない「何か」があり、このように書かれている可能性も当然あります。
そしてもちろん「国立西洋美術館」と「素人のサイト」では信用度が全く違います……なのですが……客観的に見てもこの図録の解説は「誤解を与える激しい間違い」のような気がします。
もし万が一、関係者の方がこれをご覧になりましたら、是非ご意見を戴けると幸いです。
「オルフェウス」は大きくて良い感じです。なのですが竪琴の後ろに「切られた手首」が付いており一瞬「うっ」と思いましたが、図録に、
「殉教者」と呼ばれる女性像がオルフェウスの上部に据えられた二人像(石膏像)として展示され、後にオルフェウスの単独像に変更された(カタログp102)。
とありました。その時の物なのですね。納得……なのですが、ちょっと違和感がありますよね……。
「ベローナ」はローマ神話の女神ベローナとの事です。図録には、
作品は、「クロリンダ」(16世紀の叙事詩「解放されたエルサレム」に登場する女性戦士)、「ヒッポリュテ」(ギリシャ神話に出てくるアマゾネスの女王)あるいは共和国を表す「ラ・フランス」、そしてベローナといくつかの名前で呼ばれている。ベローナは古代ローマの戦争の女神である(カタログp112抜粋)。
とありました。このベローナ女神、ギリシア神話では「エニュオ女神」の事で「イリアス」第五歌訳注に「男神アレスと対を成す戦いの女神。アレスの別称エニュアリオスと対比される名である」と書かれています。ギリシア神話的にはマイナーな女神なのですが、絵画ではアンリ・ルソーさんが「戦争(駆けぬける不和の女神)」として描いています。この絵画は、1999年の国立西洋美術館「19世紀の夢と現実 オルセー美術館展1999」と、2010年の国立新美術館「オルセー美術館展2010 ポスト印象派」に来ていました。
軍神アレスに相当すると考えると「ヒッポリュテ」さん辺りの方が名前としては妥当なのかなぁと思ったりします。
図録にはちょっと不満が残りますが、ギリシア神話関連が多く個人的には結構楽しめました。常設展の焼き直しですが、チケット代を考えると個人的にはオススメの美術展です。
【購入グッズ】
図録 \2300
カードスタンド 弓をひくヘラクレス \1050
図録は常設のミュージアムショップで販売されています。今回、初めて気付いたのですが「弓をひくヘラクレス」のカードスタンドが販売されていました。これが非常に良い出来です。
「考える人」と同様にこれのストラップが欲しかったのですが、流石に売られていませんでした(ストラップにするには弓の部分がネックですね)。
このカードスタンド、とても気に入りましたので、今考えている「ギリシア神話古代コイン博物館(リアル版)」に使いたいと思っています。
【ギリシア神話の絵画とポストカード】
ポストカードは常設のショップで販売されていましたが、常設の写真の為、今回は未購入です。